開発独裁の功罪

インドに来て、中国やシンガポールといった独裁政権を別の角度から見ることができました。

 

独裁の中にも「開発独裁」というのがあります。

 

開発独裁とは、独裁政権が国の経済発展をさせることです。

 

北朝鮮のように国民を虐待して経済を全く発展させない独裁政権は論外ですが、独裁政権によって国民の暮らしが豊かになることがあります。

 

アジアの大抵の国は開発独裁の下で経済成長を進めたと言っても良いのではないでしょうか。

 

例えば、日本の明治時代の富国強兵などは、薩長藩閥政府の強力なリーダーシップの下で進められました。

 

韓国の朴正煕政権や台湾の蒋経国シンガポールのリ・クワンユーなどもそうです。

 

中国も、鄧小平以降の共産党政権は開発独裁と言えるのではないでしょうか。

 

国が貧しい時には、外国から投資を呼んで技術者を招き、道路・鉄道や電気水道ガスなどのインフラを整備しなければなりません。

 

例えば経済発展のために鉄道や空港を建設したいとき、土地の地権者が反対をして空港の建設が進まなければ経済発展にとっては足枷となります。

 

人権尊重の観点では、地権者との話し合いをして民主的に手続きを進めるべきですが、そんなことをしていると空港建設が遅々として進まないため、経済発展の効率性だけを考えれば問答無用で土地を買収して空港を建設した方が効果的です。

 

アジアの大抵の国は戦後、独裁政権の下で経済発展を進めてきました。

 

日本は戦後には民主制を採用していますが、明治時代には政府が僧侶の反対を押し切って鎌倉円覚寺の境内に横須賀線を横切らせた(従って、今でも円覚寺は境内のど真ん中を横須賀線が通っています)といったことが強権発動が色々とあったようです。

 

中国は今でも一党独裁を敷いていますが、民主制の日本が1964年から少しずつ新幹線の建設を進めてきたのに対し、中国は2007年から高速鉄道の建設を開始し、2009年にはたったの2年で路線総延長で日本を追い越して世界一となりました。

 

新幹線の建設には土地の地権者との調整や公害対策などが必要なため、このような猛スピードの建設は独裁政権でなければ不可能でしょう。

 

このように、独裁政権には経済成長の観点からメリットがありますが、一方で公害が放置される、土地の買い取りなどで被害を受けても訴えることができない、といった問題も発生します。

 

通常、韓国でも台湾でも、経済発展の初期段階では独裁制が採用され、ある程度経済が発展したところで民主化する、という道筋を辿ります。

 

中国のように、世界第2位の経済大国にまで経済発展してもなお独裁制を採用している国もあります。

 

 では、経済発展を遂げる前から民主制を採用してはダメなのでしょうか?独裁政権は必要なのでしょうか?

 

その問題を考えるための題材を与えてくれているのがインドでした。

 

インドはイギリスの植民地から独立した1949年の極貧状態から一貫して民主制を貫いています。

 

文字も読めない数億人の人々に対して選挙を実施しているのです。

 

文字が読めないので写真で投票したりするそうです。

 

インドは本当に手続きは厳密で、とても民主的に行われます。

 

中国のように、共産党幹部の気分次第で何かが決まるということではないです。

 

しかし、過度に民主的なため、何をするにもウンザリするほど時間がかかり、無駄な手続きが多いです。

 

裁判も、とても公平ですが10年単位で時間がかかるようです。

 

その結果どうなるかというと、道はグチャグチャのままで、新幹線のような高速鉄道の整備も遅々として進みません。

 

中国であれば、道の周辺住民に「どけ!」と命令して簡単に道を広げることができますが、インドではそうは行きません。

 

都市の人口が増えてきて道を整備しようにも、とても時間がかかってしまうのです。

 

インドで生活してみると、あまりにもインフラ整備が遅れているためウンザリすることがあり、中国の独裁政権の方が良いんじゃないか?って感じることもあります。

 

インドはある意味、経済発展よりも民主制、効率性よりも公平性を選んでいると言えます。

 

中国は統制が強すぎて自由がない国ですが、インドは真逆で、自由すぎて統制が全くない国と言えます。

 

言語もバラバラ、文化もバラバラ、宗教もバラバラ、そして統制が取れていなさ過ぎて同じ役所でも担当によって言うことがバラバラ(むしろここまでいくと手続きの公平性が確保されておらず、民主制に反しますが)なこの国がどのように発展していくのかは楽しみです。

 

なぜ中国が独裁を継続しているのかについては下記記事をご参照ください。