学歴はあった方が良いか

私は東京大学を卒業しています。文系の学部卒で大学院は出ていませんが、いまのところ学歴が足りずに不自由な思いをしたということはありません。今までの経験を踏まえて、学歴があった方が良いかどうかについて考えたことをまとめます。本題に入る前に、この記事がどういう方を対象として想定しているかをご説明します。

私は、難関大学へ入る人達には3種類いると考えています。

A. 勉強が好きな人

B. 勉強が得意な人(頭がいい人)

C. 勉強は嫌いで頭も特別ではないが、猛烈に努力して合格した人 

Aの人達は、趣味の延長のようなものです。アニメ好きが代々木アニメーション学院へ行くのと同じです。東大の食堂では、インド哲学の学生が108ある人間の煩悩について1つずつ楽しそうに語っていました。その熱量は鉄道オタクが鉄道について語るときの熱量と何ら変わりありません。

Aの人達は単に、たまたま趣味の方向性が世間の評価を得られるものだったというだけのことです。

Bの人達は、学歴を取得するのにコストがかからないため「学歴を取得する必要があるか」を悩む必要がありません。勉強時間も塾の費用もそこまでかかりません。ここまで頭の良い人は東大全体で1割もいなかった印象です(ギリギリ合格の私にとっては雲の上の存在でした)。

一方、Cの人達が学歴を得るために払う時間的、金銭的コストはとても大きいです。東大を受験する場合、高校生活をまるまる勉強に費やすというほどではないものの、かなりの割合は勉強で占められると思います。

Aさんにとって受験勉強は素敵な時間になりますが、Cさんにとっては苦痛な時間でしかありません。*1

私の場合、高校2年生の秋頃からはひたすら毎日10時間くらいは勉強していましたし、最後の半年くらいは12~15時間くらい勉強していました。それ以前の時期は部活や学校行事もありましたが、基本的には勉強が高校生活の中心を占めていたように思います。そして、学校の他に塾にも通っていたのでその費用も親に負担をかけることになりました。そして、お金と時間をかけたからと言って必ず合格できるわけでもなく、不合格になってしまうというリスクもあります。

私がこの記事で対象として考えたいのは勉強が好きだったり得意だったりするAやBの人達のことではなく、勉強が好きでも得意でもないCの人達にとって「学歴があった方がよいか?」ということです。Cさんが学歴の必要性について悩んでいるときに、AさんやBさんのような人が割り込んできて学問の素晴らしさを力説したり、「勉強なんて簡単だよ」などと言ったりしてCさんが混乱することが多いので、まずこの違いを明確にしておきたかったのです。

なお、Cの人達が「自分も勉強好きだったり、勉強が得意だったら良かったのになぁ」などと、AやBの人達を羨ましがっても何も始まりません。それは「鳥に生まれてきたら空を飛べたのになぁ」と言っているのと同じです。鳥よりも人間の方が優れていることがあるように、AやBの人達が決して全面的に優れている訳ではなく、その人達が苦手とすることもあります。例えば、勉強ができない人の気持ちが分からないとか、知らない間にプライドが高くなって周りの人とのコミュニケーションで壁ができてしまう、といった可能性もあります。

勉強が好きとか得意というのはあくまでもAやBの個性なので、CさんがAさんやBさんと自分を比較して「自分は劣っている」と考えるのは間違っています。Cさんがまず考えるべきことは「勉強が得意でも好きでもない自分にとって、学歴は取得する価値があるか」ということです。

確かに、学歴があることによって得られるメリットは決して少なくありません。東大に入ることで得られるメリットは 

1. 国内最先端の研究をしている教授陣から授業を受けられ、質問もできる

2. 優秀な同級生達と様々な問題に関して深いディスカッションができる

3. 大企業や公務員の就職に有利(特に新卒)

4. 学歴が高い人達との人脈ができ、卒業してからもコネが役立つ

5. 世間体が良い(人からバカにされにくい)

6. シンガポールや中国での海外就職に有利

といったものが挙げられます。6については極めてマニアックな話ですが、シンガポールへ就職する場合には旧帝国大学 + 早慶の卒業生が圧倒的に有利です。シンガポール政府が参照する世界大学ランキングで200位以内の大学を卒業しているとビザの発行基準が緩いです。早慶でギリギリのようです。

上記のメリットのうち1や2については、これをメリットと感じて大学を目指している時点で「学問が好きだ」ということですから、もはやCさんではなくAさんでしょう。Cさんが学歴に求めるメリットとしては、3〜6が挙げられると言えます。これらのメリットは、全て経済的メリット(お金のメリット)や名声に関わるものではないでしょうか。つまり、長期的な経済的・社会的メリットを得るために高校の一時期の時間とお金を犠牲にするのです。これは正に投資と言えるのではないでしょうか。

高校の一時期に、大学を受験するのか、受験するならどこの大学を受験するのか、そのためにどのくらい頑張るのか、を決断するのです。勉強が苦手で嫌いなCさんにとっては投資対効果の判断なので、まさにビジネスジャッジと言えます。

しかも、2度と取り戻すことのできない高校生の貴重な時間を投資にあてるのです。とても大きな決断です。私が強く主張したいのは、高校生の進路選択は経営者の投資判断と同じだということです。「学歴があった方が良いか」という問いだけであれば、あった方が良いかも知れません。しかしCさんにとっては大きなコストを伴うのです。

自分にとってそのコストを払う価値があるのか、対価を回収できるのかについては真剣な検討が必要だと思います。この決断を誤り、周りに流されてしまうと、自分の人生を世間に握られてしまいます。「高校生の受験勉強は単に合格するためだけにあるのではなく、受験勉強を通じて得たものはお金には換算できない価値があるから、投資とは違う」という意見もあるかも知れません。

しかし私はこの意見には反対です。たとえ勉強を通じて学歴や収入以上の価値を得られたとしても、「やりたくないこと、やる必要性を感じないことを他人から強制されて、我慢して頑張る」ということの時間的、精神的コストは極めて大きいと思います。従って、私は「学歴を取るかどうか」の決断はビジネスジャッジと同様にドライに考えるべきだと考えています。

勉強が好きでも得意でもなく、何のために大学へ行くのかが分からないまま大学受験を猛烈に頑張ってしまう人に似ている人達がいます。それは、何のために上場するのか分からないまま株式上場を目指す経営者です。株式上場には様々な目的があります。創業者利益なのか、透明性の確保によるビジネスの拡大なのか、資金調達なのか、上場によって得られるメリットは会社ごとに違います。

しかし会社によっては、上場せずに経営者がスピーディーに決断をした方が良い企業もあれば、小さい人数でアットホームに事業をすることが合っている企業もあります。そういう「上場する必要のない企業」が、訳の分からないまま上場をしてしまうと、コストを使って従業員を疲弊させただけで終わってしまいます。

大学受験も同様です。例えば、自分でビジネスを立ち上げたい人やフリーランスで活躍したいという人生観の人の場合、「大企業の就職に有利」「大企業の派閥で優遇される」というのは何も役に立ちません。大企業は収入が高く安定していますが、自由がありません。深夜残業や接待が多かったり、社内ルールが細か過ぎて好きなことができなかったり、といった具合です。

例えば「フリーランスとして世界のどこででも働けるような人になりたい」という人でれば、貴重な高校時代を受験勉強に費やすよりもプログラミングやWebマーケティングを勉強して、その方面の専門学校へ行った方が良いかも知れません。 フリーランスで活躍する実力をつけるのに東大へ行く必要はないでしょう。

フリーランスで活躍するには大企業や官庁の人脈があってもあまり役には立たないかも知れませんし、フリーランスならシンガポール就労ビザを取らなくても世界中を観光ビザで旅行しながら仕事をすることができますので、勉強をして学歴を得ることは投資対効果が悪いと言えます。

 株式上場でも海外進出でもM&Aでも、ビジネスで重要な決断をするときには必ず他社事例などを検討して専門家の判断を仰ぐはずです。それと同じく、「大学へ行くか」「難関大学を目指して勉強を頑張るか」といった判断をするためには、様々な人の事例に触れて判断する必要があります。まさにビジネスの判断と全く同じはずです。しかし(大変失礼ながら)学校の先生はあまりにも忙しく、教育委員会文部科学省から振られた仕事を断ることができないという状況に置かれています。

従って、高校生の進路選択は経営者のビジネスジャッジと同じだと捉えず、難関大学を目指した方が良いと考えてしまいがちなのではないかと推測しています。「メリットコスト、リスクを評価して自分で決める」というプロセスは、進路選択も投資判断も同じです。高学歴でも幸せな人、不幸な人、低学歴でも幸せな人、不幸な人がいます。一人の事例や意見だけで判断できることではなく、様々な事例に触れて自分で考えることが大事です。

昭和の時代にはインターネットがないため情報収集が難しく、一流大学、一流企業へ行くこと以外にお金を稼ぐ道が見えなかったかも知れません。しかし今はインターネットで様々の人生に触れることができ、高校生でも大学を卒業した後どうなるのかという情報に触れることができます。

様々な情報に触れて視野を広げ、学歴を取得することのメリットとコスト、リスクを評価し、本当に学歴が必要なのか自分に相応しい判断をすることが最も重要だと思います。会社の株式上場や海外進出は失敗したら何度でもやり直しが効きますが、高校生の18~19歳の進路選択は先延ばしにできないため、経営者よりも重要な決断を迫れているとも言えます。

もちろん、高校生は勉強や部活で忙しいため、将来の情報収集までしている暇はないかも知れません。その場合は「情報収集している暇がない(やり方が分からない)から、とりあえず難関大学を目指してみる」というのはアリかと思います。しかし、合格後に「難関大学の学歴は自分の人生にとっては必要がなかった」という事実に直面する可能性は頭の片隅に置いておく必要があります。

全体的な傾向として、大企業志向の人にとって学歴は強い味方となりますが、自由なライフスタイルを目指す人にとってはあまり学歴は関係ありません(私は後者ですが、前者が悪いと言っているわけではありません。単なる個性の違いに過ぎません)。難関大学の受験には多大なコストがかかるため、合格してしまうと「あの苦労を無駄にしてはいけない」と、本当は自由志向な人であっても学歴を活かせる仕事を目指してしまいがちです。そうなってしまうと人生が八方塞がりになります。

高い学歴があるのに就職や転職、昇進でうまくいかないことがある場合、あるいは低学歴の人よりも職場での評価が低い場合には「どうして受験勉強をあれだけ頑張ったのに、苦労が報われないんだ」と考えてしまいがちです。しかしそれは、中高時代から自分の興味や得意分野を徹底的に追求せず、学歴を取得することで思考が停止してしまっていたことが原因です。

そして、年を取ってから学歴を取り直すのは大変ですが、自分の得意分野や好きな分野を見つけることは何歳になってからでもできます。また、「自分が本当に好きなことや得意なことを見つける」というのは人生最大の課題の一つと言っても過言ではなく、とても難しいです。好きなことや得意なことが分からないからと言って自分を責める必要もありません。

従って、なにも中高時代のことを後悔する必要はなく、今から好きなことや得意なことを探せば学歴への引っかかりは消えると思います。たとえ高い学歴があったとしても、好きなことや得意なことを見つけて全力投球している人にはなかなか勝てません。好きなことで勝負する人は、何時間でも働きますし、好きなことなのでメンタルを壊したりもしません。好きなことは全力で頑張るので結果も出ます。

「好きなこと」と言っても、いきなり「会社員を辞めてケーキ屋になる」という思い切ったことをする必要はなく、仕事の中で好きなことを見つけて副業をするなり少しずつキャリアチェンジしていけば良いと思います。

「学歴が必要なかったが、時間とお金を犠牲にして高い学歴を取ってしまった場合」とは逆に、「本当にやりたいことが見つかったが、学歴が低いためチャレンジできない」という場合もあるかも知れません。その場合にはまず、そのやりたいことを実現するのに本当に学歴が必要かどうかを調べる必要があります。

例えば、弁護士になるための司法試験予備試験や会計士になるための公認会計士試験には学歴は関係ありません。そして、学歴があったとしても合格するとは限りません。「学歴がないから就職できない」ということもあるかと思います。もちろん、学歴があった方が就職の入口がスムーズな面はあるかも知れません。

しかし日本国内には何百万社もの企業があり、自分の強みを考えていくことでキャリアアップしていくチャンスはあると思います。「学歴がないから私にはチャンスが全くない」と思ってしまうと本当にチャンスがなくなってしまいます。先ほども書きましたが、今からどうにもできないことを嘆くのは「鳥に生まれていたら飛べるのになぁ」と考えるのと同じです。

「中学、高校の頃にもっと頑張っておけば良かったなぁ」という方もいますが、もし本当に頑張っていたら失っていたものもあるはずです。今の自分が何を強みとしてやっていくか?を考えていけば必ず状況は変わっていくと思います。

*1:もちろん、全ての科目が好きな人は稀でしょうし、逆に全ての科目が嫌いという人も少ないでしょう。その意味で、現実には純粋なAさんもCさんも存在しないと思いますが、それを言い出すと結論に辿りつかないので、ここでは議論を単純化しています。ちなみに私は決してBには属しませんでしたが、受験勉強はそれなりに楽しかったので、AとCが半々くらいでした