東京一極集中と京都

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昨日、「北京=京都、上海=東京」ではないかという個人的な意見を記事にしました。

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上記の記事の補足ですが、東京生まれ東京育ちの私が京都について感じていることを率直に書きたいと思います。

 

正直なところ、京都の人の発言から違和感を感じたことが何度かありました。

 

京都御所の隣にある有栖川宮邸を見学したとき、係員に出身を聞かれ「東京です」と答えると「東京も発展してますね」と言われる。

→深く考え過ぎかも知れませんが、「京都が一番ですが、東京もそれなりに発展してますね」というニュアンスに聞こえました。

 

うどん屋に入ったとき、店員に出身聞かれ「東京です」と言うと「お客さんは東京から上ってきたんですね」と言われる

→「下りの新幹線に乗ってきましたけど」と突っ込みたくなりました。

 

・ある京都出身の同級生に「東京は田舎者の集まり」と言われる

→全国から人が集まるということは、それだけ東京が魅力的ということでは?もし京都に京都の人しかいないとすれば、それこそ田舎なのでは?と反論したくなった

 

しかし、私がこの京都の人たちの発言にイラッとするというのは、私が「日本で一番発展しているのは東京で、京都が東京と同じくらい発展しているわけないだろう」「首都は東京であって、東京から京都へは下りだ」という前提に立っているからです。

 

東京の人は、他道府県民が東京へ来ることを「上京する」と言いますが、これも東京が上であることを前提とした言葉なので、無意識にそういう意識があります。

 

ある京都の人に「平安遷都以来(福原京を除き)遷都は行われていないから、京都は今でも日本の首都」「天皇の正式な住まいは京都御所であって、東京にある皇居は仮住まい」と言われて、あまりの認識の違いに衝撃を受けたことがあります。

 

調べたところ、確かに東京が首都であるというのは正式には決まっておらず、明治時代に行われたのは「東京遷都」ではなく「東京奠都」、つまり「京都も首都だけど東京にも都を置くよ」ということだったようです。明治時代の教科書を読むと、東京と京都を指して「東西両京の距離は400キロなので・・・」などと書かれています。

 

東京から京都へ喧嘩を売っているつもりは全くないはずなのですが、なぜ京都の人から挑発を受けたと感じることが多いのだろう?と考えました。

 

「京都人みんなが挑発的なわけではなくて、おまえが会っている京都人の質が悪いだけだ」という突っ込みがあるかも知れません。もちろん京都にも良い人が大勢いるのは間違いないですし、そもそも私が勝手に「挑発を受けた」と勘違いしているだけで京都の人たちには全くそのつもりがないのかも知れません。

 

しかしネットで調べると「京都の上から目線には辟易する」「京都人の言葉には裏がある」という意見は少なからず見受けられたので、私1人だけが感じたことでもないようです。

 

以前は「東京は京都のように排他的な街ではなく、どこの道府県出身の人に対してもフラットに接していて、地方出身者にとっては東京の方が暮らしやすいはずだ」と感じていましたが、東京の側に何も非がないかというと、そうでもないかも知れないと最近感じています。

 

一言で言うと、東京のことしか考えておらず(他の道府県のことが全く眼中になく)、他の地方のことを知らなさ過ぎて、その点でイライラさせてしまうようです。

 

たとえば、インドへ来て私が「日本の通勤ラッシュ地獄の生活は本当に大変だったのですが、インドへ来て通勤ラッシュから解放されただけでも海外生活はいいなと思いました」と言いました。

 

すると、ある方から「いや、それは日本と言っても東京と大阪だけだから。東京の常識が日本の常識だとナチュラルに考えているところがいかにも東京都民だよね。東京だけが日本じゃないんだよ」と言われました。

 

東京都民が全員東京のことしか考えてないとは言わないものの、東京で少し雪が降っただけで全国ニュースで大騒ぎさせてしまうあたり、「東京の常識は日本の常識」と考えてしまう人は私だけではないように思います。

 

たとえばこのブログ↓

「マジで本当に無理...」成金ダメ男の特徴10選 | Daria Me

内容はとても興味深いのですが

①一発目の食事が麻布・西麻布・六本木・青山・表参道
基本的に何も知らない系の金持ちダメ男は、女の子をキラキラした街に連れて行けばいいと思ってる。麻布でお寿司、青山でフレンチ、表参道でイタリアン。キラキラした所疲れません?ってか、交通の便が悪くない?!神楽坂や乃木坂あたりの静かなところを探してくれる男性が◎

と、怒涛の如く東京の地名が並んでいます。このブログを書いた方は、読者が「麻布・六本木・表参道」と「神楽坂・乃木坂」という地名を知っている前提で書いています。これは全く悪気はなく、東京在住でない人を排除しようと意図的に考えているわけでもありません。単に東京の地名を知らない人のことを想定しておらず、これをナチュラルに無意識でやってしまうのが東京都民ではないかと思います。

私は大学に入って初めて他道府県出身者と関わるようになり、自分がいかに他の地方のことを知らないかを知りました。

 

例えば、関西の中心都市といえば「京都・大阪・奈良」だと思っていましたが、大学に入って関西へ旅行して初めて関西の中心都市が「京都・大阪・神戸」だと知りました。

 

東京は歴史が浅いため、歴史の長い京都や奈良への憧れがあります。奈良に対してはとても良いイメージを持っていたので、京都・大阪・神戸の人達が奈良のことを一段下に見ていることを知って驚きました。

 

一方、正直なところ神戸については全く関心がありません。東京にいて神戸の情報はあまり入ってきません。なぜなら、神戸は横浜とイメージが被るのですが、「東京>横浜=神戸」という意識があるからです。

 

もちろん大阪は関西の中心都市であるという意識があるため、関西といえば「京都・大阪・奈良」というイメージがありました。大学の時に関西へ行き、奈良がとても不便な場所にあり神戸の方が京都や大阪からのアクセスが良いことを知って初めて事情を理解しました。

 

そして、東京の人が「京都に憧れがある」と言っても、京都の歴史や建築を知っているだけで、「言葉に裏がある」とか「古都にプライドがある」といった京都人の気質までは知りませんでした。

 

東京にいると、テレビでは東京以外の情報は殆ど流れて来ないため、他の地方のことは殆ど何も知りません。大阪の梅田・なんば・天王寺などの大都市ですら「名前を聞いたことがある」程度のものでした。

 

なので、大学へ入って他の地方から来た人が「秋葉原は電気とオタクの街」「原宿は若者の街」「表参道はオシャレな街」などということを知っていたことに驚きました。

 

そして私自身が他の地方へ行ったとき、東京のかなりローカルな情報(渋谷駅の工事など)が全国ネットで流れているのを見て衝撃を受けました。

 

東京にいると、どこまでが全国ニュースでどこからが関東ローカルなのかの見分けがつきにくいため、東京ローカルのニュースは東京でしか流れていないものと思っていました。

 

このように、東京の人からすると、他の地方を見下しているつもりはなく純粋に無知なだけなのですが、何も知らないことでイライラさせてしまうようです。

 

ニューヨークへ短期留学したとき、地方から東京へ来る人の感覚が少し分かりました。ニューヨークは世界中の人を受け入れている街ですが、世界がニューヨーク中心に回っていることを全く疑ってないように感じました。

 

街の愛称を”Capital of the world”としてるくらいです。とても魅力的な反面、「世界はニューヨークだけじゃないんだよ」とツッコミを入れたくなりました。

 

地方から来た人が「東京だけが日本じゃないんだよ」と言いたくなる気持ちが少し分かった気がしました。

 

なお、日本にいたとき私はずっと関東にいたので、地方出身者の知り合いと言っても基本的には東京近郊に住んでいる人達でした。東京に全く住んだことのない人と関わる機会もゼロではなかったものの、ほんの数えるほどでした。

※ちなみに、インドへ来る日本人は何故か関西出身者がとても多いです。

 

バンガロールのある場所を歩いていたとき、街並みがとても表参道に似ていたので「表参道に似てますね」と私が言ったところ「表参道行ったことないからどんな感じか知らないけど、そうなんだ」と言われました。

 

このように、私ははずっと東京にいたため、知らないうちに東京中心の発想に染まっていたようです。