春節と日本

f:id:kaigai_life:20190204220448j:plain

今年2019年は2月5日が春節旧正月です)。2020年は確か1月25日ですが、このように春節は毎年変わります。立春である2月4日からから最も近い新月の日が旧正月の1日となるようです。

中国では爆竹と花火がけたゝましくなり響き、1年を通じて最大のお祭り騒ぎとなります(北京では、中心部は規制されたようですが)。旧暦の大晦日にあたる日からカウントダウンの時間にかけて「春季联欢晚会」と呼ばれる、日本でいう紅白歌合戦にあたる番組が放送されます。マンネリ化して大した中身はないようですが、「つまらなくても、これを見ないと何となく年を越した気がしない」というあたりも紅白に似ています。YouTubeで生中継されるため、インドからでも見ることができました。

年越しの時間になると、妻の実家では年越し蕎麦ならぬ年越し餃子を食べます。そして、年が明けると毎日親戚が集まってワイワイと騒ぎます。

私は前々職のときには春節のときに1週間ほど有給をもらって北京へ行っていたのですが、前職は12月決算の会社で経理をしていたため、春節で中国へ行くことができませんでした。経理は決算月後の3ヶ月が最も忙しく、12月決算の場合は1〜3月が最繁忙期となります。3月決算の会社であれば1〜2月は比較的余裕があるので、日本へ帰った後は必ず3月決算の会社に就職しようと決めています。

インドは法定で全ての会社が3月決算と決まっているので、春節には比較的帰りやすいです。今の仕事は比較的休みを調整しやすく春節に中国へ行く余裕は作れそうなのですが、中国へ行っても仕事はする必要があり、Googleを使える環境が確実に確保できるか自信がなかったので遠慮しました。来年までにはキッチリ調べて行きたいと思います。

そこで、今年はインドで春節を過ごすことになったわけですが、インドで何か春節のイベントをやっているのかと言うと、当然ながら何もしていません。一部のインド人は”Chinese New Year”というイベントがあるということくらいは知っているようですが、インドには殆ど中国人がおらず中華街もないので、他の国と比べても春節の気配は全くないのではないでしょうか。

インド人から「日本でもChinese New Yearはお祝いするの?」と聞かれました。日本では特に春節のお祝いしないこと、一方で中国だけでなくベトナムや韓国などの周辺国でもお祝いすることを伝えると、続けて「周辺諸国がみんな春節のお祝いをする中で、なぜ日本だけが全くお祝いしないの?」と質問を受けました。これに対する答は、「昔はお祝いしてたけど、明治時代から太陽歴になって辞めた」ということになりますが、その背景にある精神を一言で表すと「脱亜入欧」ではないかと私は思います。

日本の近隣諸国一帯では旧正月を盛大にお祝いしているのに対し、日本人だけ何事もないように会社や学校へ通っています。これは明治以降の日本人の「アジアの文化を捨てて欧米に合わせる」という意識を強烈に象徴しているのではないかと感じます。日本も江戸時代までは中国と同じ暦を採用し旧正月を祝っていましたが、1872年に旧暦を捨てて欧米と同じグレゴリオ暦を導入しました。

私は小さい頃から「旧正月」という単語くらいは聞いたことがあったものの、当然のことながら周りで旧正月を祝っている人はおらず、全く身近なものではありませんでした。たまにニュースで「横浜や神戸の中華街で旧正月を祝っている」というニュースを聞いて「ヘぇ〜」と思う程度でした。沖縄の糸満市など一部を除いて、多くの日本人にとって旧正月というのは親しみのあるものではないと思います。

2010年代に入り、特に2015年の春節での中国人の爆買いがマスコミに注目されるようになりました。それ以降、日本でも春節旧正月)の存在が脚光を浴びるようになり、今年(2019年)に至っては、東京タワーが春節の色に染められ、安倍首相がお祝いの言葉まで出したそうですね。こうして、ついに日本でも大々的に旧正月が祝われるようになりました。

しかし、これはあくまでも「外国である中国のお祝い」をやっているのであって、日本人が自分達のお祭りとして旧正月を祝っているという意識ではないと思います。やはり、自分達のお祭りとして旧正月を祝っているベトナムや韓国とは意識の隔たりを感じます。

現状では、日本のみが東アジア全体の慶事である旧正月を拒否していますが、私は、数十年経つと少しずつ日本人の感覚も変わっていく可能性があるのではないかと感じています。日本は明治維新から戦後にかけて基本的に欧米と歩調を合わせて歩んで来たわけですが、これから世界のパワーバランスが変わっていき中国やASEANの影響力が強くなるに連れて「日本だけ特別」ということはなくなり、日本もアジアの一員として活動することが増えていくのではないかと思います。

もちろん、いきなり日本で旧正月が祝日になるなどということは有り得ないと思いますが、アジアへ行く機会が増え、アジアから日本へ来る人々も増えるにつれ、日本人も旧正月を身近に感じる機会が増えてくるのではないかと思います。そして、アジア各国の人々の旧正月に触れるに連れて日本人も(外国のイベントとしてではなく)自分達独自の旧正月をお祝いするようになる可能性もゼロではないのではないかと思います。ちょうど、欧米のハロウィンを日本流にアレンジして渋谷で大人がコスプレパーティーをしているような感じです。

 先ほど、明治の初めに伝統的な旧暦を廃止して欧米のグレゴリオ暦を採用したと書きましたが、新暦での正月が民間で浸透するには少し時間がかかったようです。日本でも昭和20年代の老人くらいの世代(明治の前半生まれくらいでしょうか)までは旧正月を祝う人もいたようです。私の祖母は昭和2年生まれですが、祖母の祖父母の世代までは旧正月を祝う人もいたということでした。昭和20年代サザエさんの4コマを見ると、新暦の正月に波平が、ある老人に「正月は祝わないのですか?」と質問したところ「わしは正月は旧暦でやるんだ」と答えるシーンがありました。

それと同様に、もし日本で旧正月が復活するとしても大変長い時間がかかると思います。しかし、グレゴリオ暦の導入が日本人の脱亜入欧意識を象徴していたように、もし日本人が旧正月を自分達のお祭りとして祝うことがあれば、それは日本人が自分達をアジアの一員として意識したことを象徴するのではないかと感じます。

いまどき「日本だけは他のアジアとは違う(一等国家だ)」などと堂々と主張する人は流石に少ないと思いますが、腹の底でそのように考えている人はいるのではないかと感じます。旧正月が「中国の祭り」ではなく「(アジアの一員としての)日本の祭り」として普及していくことを通じて日本のアジアに対する無意識の感覚が変化していく可能性はないか?と私は考えています。