文系の学部選択

私は中学の頃から歴史、特に日本を含む東アジアの歴史が好きでした。従って、当時の進路選択の本音としては中国語や漢文を勉強して東洋史学を学びたかったと思います。しかし、法学部や経済学部以外の学部は「就職で大変そう」という勝手な偏見があったため、文学部は検討すらしていませんでした。私は法学部を目指してましたが、難しかったので経済学部へ入学しました。今振り返ると非常に後悔しています。

 

私は文系だったので理系のことはよく分かりませんが、文系の場合には大学で学んだスキルが社会で即役に立つというのは法学部と商学部と外国語学部くらいかと思います。従って「特に興味のある学問はないけどとりあえず大卒の学歴が欲しい」という方についてはこれらの学部がお勧めです。学歴と社会で役立つスキルが両方得られて一石二鳥です。

 

しかし文系の「即戦力になる」分野の場合、法律・会計については、いざとなればTACやLECといった資格の学校で勉強ができます(お金は余計にかかりますが)。外国語(英語や中国語などの需要が多い言語)についても、スクールがいくらでもあります。

 

それに対して、たとえばインド哲学やスラブ語文学、それから外国語でもウルドゥー語スワヒリ語といったマイナーな言語の場合には、社会に出てから勉強しようと思っても(不可能ではありませんが)なかなか難しいです。

 

文学部のような学部が就職で不利かと言うと、社会に出てから文学部卒でも財務経理や経営企画などの仕事をしている人には大勢会いましたので、特段不利と言うことはないと思います。日本の就職活動はコミュニケーション能力を見るので、あまり大学での専攻学部は問われないと思います。就職活動での潰しが効くメリット以上に「やりたい学問を学ばなかった」というデメリットの方が大きいと感じます。私は、もう1回大学に入りなおして学びなおしたいくらいです。

 

そしてさらに、文学や哲学や歴史学といった一見役に立たないように見える学問が本当に役に立たないかと言うと、そうとも限らないように思います。会計のように分かりやすい形で社会に出てすぐに役に立つということはありませんが、何の知識がどこで役に立つかは分からないと思います。例として、私が「歴史の知識が役に立った」と感じた例をご紹介します。

 

日本は江戸時代ごろから、移動の自由が制限されており、村落共同体の結束が強い社会を結成していました。これは戦後になると企業社会に引き継がれました。日本の企業は利益集団というよりは共同体のような存在で、パフォーマンスの悪い社員でも簡単にクビを切ることはできず、*1その代わり社員も会社に対して滅私奉公の精神を求められます。共同体への帰属意識を強めることで組織全体の成果を上げるという考え方が浸透していたと言えます。

 

これに対して、中国はそうではありませんでした。中国の農村には村落共同体のようなものは存在せず、中国人は「共同体への帰属」よりも「関係(コネ)」を重視してきました。というのも、中国では歴史上、大河の氾濫により村ごと流されてしまったり、戦争により数万人単位で人が殺されるようなことがあったからです。いくら村の中で濃密な人間関係を築いても、村ごと流されてしまっては意味がありません。そこで中国人は、リスクヘッジとして、各地の親族と連携をとり、自分の居場所が危険にさらされるときには遠隔の親族がいる場所へ移動をする・・・という行動をとってきました。

 

 これを現在の日本に置き換えて考えてみるとどうなるでしょうか。昨今の日本では東芝SHARPのような有名企業が次々と傾いています。いわば、「村ごと洪水に流される」ような状況にあるわけです。いくら会社の中での人間関係で成功していても、会社ごと倒産したら意味がありません。そこで、日本の社会もこれからは、会社内で上司の機嫌を取るよりも、社外のコネクションや社外でも役に立つスキルを身につけることが重要な時代になってくるのではないかとかなり強い確信を持って感じました。

 

私の周りには「転職は良くない」「会社の飲み会は断るべきではない」という考えの人も大勢いましたが、そういった意見に流されすに自分の考えに確信が持てたのは歴史の知識があったからかなと思っています。これは、あくまでも偶然歴史の知識が役に立った例ですが、どこで何が役に立つか分かりません。

 

なので、もし何か興味のある学問があるのであれば、「将来役に立つか」は一度置いておいて、その学部を専攻することを検討したら良いのではないかと思います。

 

なお先ほど「社会人になっても法律・会計・外国語の勉強ができるスクールはいくらでもある」と言いましたが、さすがに社会人になって司法試験や会計士試験へチャレンジするのは相当厳しいです。会計士試験の場合には3000時間の勉強時間が必要なのだそうですが、その勉強時間を社会人が捻出するのはほぼ不可能です(もちろん、強靭なメンタルと集中力を有する一部の方は成功している場合もあります)。現実的にそれらの資格を目指せるのは学生の時期に限られ、もし卒業してからチャレンジする場合には無職の時期を覚悟する必要があります。

 

しかし、学生の時代であれば、法学部や商学部へ行かなくても司法試験や会計士試験にはチャレンジ可能だと思います。実際、1日10時間の勉強時間を1年間続ければ3000時間には到達可能です。サークル活動などもあるかとは思いますが、2~3年かけて会計士試験の勉強をするのであれば、朝から晩まで会計士試験の勉強をしなくても合格可能かと思います。むしろ、商学部で会計士試験の勉強をしているよりも、文学部で興味のある勉強をしながら資格の勉強をした方がリフレッシュできると思います。実際、知人でも美学芸術学を学びながら司法試験に合格している人がいました。

 

従って「本当は〇〇を勉強したいけど、司法試験を受けるから法学部へ行かなければ」などと考える必要はないと思います。もちろん、法律や会計そのものに興味があるのであれば法学部や商学部へ行った方が良いと思いますが。

 

どの大学へ行くか、何の学部へ行くか、というのはかなりタフな選択で、実際のところ自分が何に興味があるのかは大人になって初めて分かることもあるのではないかと思います。社会がどういうものかもよく分からない高校生が進路の選択をしなければならないというのは非常に理不尽に思います。日本は一度選択を間違えるとかなり軌道修正が大変な社会ではないかと思いますが、進路選択に失敗しても柔軟にやり直しができるようになれば良いなと思います。

www.asianlifereport.com

 

*1:もちろん法律上の制約により会社は社員を簡単に解雇することができないのですが、なぜそのような法律・判例が日本で確立されているのかというと、「会社は社員の生活を守るべきだ」という社会通念があるからではないかと思います